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あったかもしれないルネサンス工房の姿——『調和と服毒』感想

世の中の情報の9割をツイッターから得る女なので例によってツイッターで知ったのだけど 、ラファエッロ工房を舞台にした演劇を上演しているらしいと聞いて、千秋楽に飛び込んだ。劇団Ammoによる『調和と服毒』だ。

オフィシャルサイトによると、この劇団は「『とおくでいきるあなたは、そこでうまれたわたし』をコンセプトに、日本人にはあまり身近でないものごとを通して、現代の日本が抱える社会的ジレンマを浮き彫りに」しているそうだ。過去作の情報を見てみれば、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争、ブラジルのスラム街のサッカーチーム、イスラム原理主義、デュシャンの『泉』論争、ポル・ポトの学生時代…と、バラエティ豊かなテーマに驚かされる。毎回すごい量のリサーチが必要になるだろうな、大変だな…。デュシャンのやつも観たかったわ…。

このたびの新作『調和と服毒』は、ヴァチカン宮殿の装飾を一手に引き受けるラファエッロ工房を舞台にして、「美とはなにか」を問う意欲作。ミケランジェロやセバスティアーノ・デル・ピオンボといった強力なライバルがドンドコ出てくる16世紀はじめのローマにあって、だれよりも美しい絵を描くにはどうしたらよいのか。思い悩むラファエッロのもとに、弟子の一人が描いた下絵が突き刺さる。観るものに衝撃をもたらすそれは、はたして「美しい」と言えるのか? 言えるのなら、それはなぜか?

とはいえ、美についての話はすでに『調和と服毒』を鑑賞した人々によってさまざまな感想が挙げられているので、ここではこの演劇が「おお~すごいルネサンスっぽい!」と感じられる所以となっている(とわたしが思う)、「工房での議論シーン」と「芸術家たちのライバル関係」という視点から感想を書き起こしてみたい。

まるで対話篇の再現

あらためて言うまでもなく、「美とはなにか」という命題は古来から何度も何度も議論のテーマになってきた、永遠の問い。もちろん美の定義は流動的で、その時代・地域によっておおいに変わるものなので、はっきりした答えは出ないのだが、それでも人はこの大いなる問いに果敢に挑んできた。

それにしても、徐々に白熱する議論のなか、「美とはなにか?」「美とは衝撃である!」「美とは優しさである」「美とは神である」「美は到達しえないものだ」といったセリフが飛び交うさま、わたしなんかコレ見たことあるぞ…。最初は「ゼミっぽいな~」と思っていたが、おそらくこれは「対話篇」風だ!

16世紀イタリアでは、あるテーマについて議論するような本を書くとき、「複数の架空の登場人物が議論している」という体裁をとる書き方が流行していた。これを対話篇とよぶ。イタリア語ではディアーロゴ(dialogo)と言うが、必ずしも2人の人物によって会話が進むわけではなく、4、5人が入り乱れて議論が発展する場合もある。もちろんこうした対話篇は16世紀イタリアに固有のものではなく、たとえば古代ギリシャの哲学者プラトンの著作なんかそのほとんどが対話篇形式で書かれている。

日本語訳もされている16世紀の美術論で対話篇のかたちを取るもっとも有名なものとしては、ロドヴィコ・ドルチェというヴェネツィアの著述家が書いた『アレティーノまたは絵画問答』が挙げられるだろう。これは、フィレンツェの美術愛好家ファブリーニ君が素朴に「ミケランジェロは最高だな~」と言っているところに、ヴェネツィアの論客ピエトロ・アレティーノ殿が「おまえはミケランジェロ以外の画家を知らんのか?」と殴りこんできて、ラファエッロやティツィアーノの話をしているうちにファブリーニ君が論破されてしまう、というアンチ・ミケランジェロのヴェネツィア派にとって都合がよすぎる本だ。

ドルチェ『アレティーノまたは絵画問答』のわりと冒頭あたりの会話

実際の文面を読んでみると分かるが、演劇の台本のようにセリフのみで構成されており、それでもって「ミケランジェロが疑問の余地なく通暁した素描に関して…」「ミケランジェロの卓越性は…」と論じているところを見ると、『調和と服毒』でラファエッロ工房の重要な要素となっていた「パラゴーネ」を彷彿とさせる。

「パラゴーネ(paragone)」は本来「比較」をあらわす単語で、「芸術比較論争」などとも訳される。要は、絵画と彫刻のどちらが優れているのか、素描と彩色ではどちらか、詩と絵画では、絵画と音楽では…とさまざまなものを比較してその特性をあぶり出す議論一般をさすことばだ。なので、劇中で使われていたように、「ラファエッロの絵のどこが優れているのか」といった議論には本来使わないことばだろうとは思う。しかし、こうした議論の時間に確かなリアリティがあるのは、ルネサンス期というのは、絵画(というか美術一般)が手仕事から知的創造へと移り変わっていく時期だったということがあるだろう。

議論の場としての工房とアカデミー

ラファエッロの工房で来る日も来る日も美術についての議論が行われている、という設定はとても面白く、かつ現実味がある。というのも、16世紀は史上初めて美術アカデミーが登場した時代でもあるからだ。

一応、ちゃんとした組織としての美術アカデミーは1563年に設立されたフィレンツェのアカデミア・デル・ディセーニョ(素描アカデミー)を待たねばならないが、それまでにも似たような試みはちょくちょく行われていた。たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチは、ミラノで弟子や追随者を集めて学校のようなものを作っていたといわれる。この「学校」がどのくらい組織的だったのかは分かっていないが、絵画のテクニックを伝授するのみならず、絵画にとって重要なこととは何か議論する時間もあったことだろう。

また、フィレンツェの彫刻家バッチョ・バンディネッリも、若い芸術家を教育する「学校」を作っていたことが知られている。「ローマのベルヴェデーレ宮にあるバンディネッリのアカデミー」と題された版画が1531年に制作されているため、どのような場だったか多少想像しやすい。どうやらこのアカデミーは、1523年に教皇クレメンス7世によってローマにアトリエが与えられた際に誕生したようだ。

アゴスティーノ・ヴェネツィアーノ《バッチョ・バンディネッリのアカデミー》1531年

このような16世紀前半の環境にあって、アカデミーよろしく芸術に関するさまざまな議論がラファエッロの工房でも展開されていた、という設定はかなり信憑性があるし、画家たちに知性と教養が求められた時代、このような議論の場なくしてラファエッロ工房の成功はありえなかっただろうと思わせる。っていうかラファ工房でそういう議論が行われていました、みたいな研究がわたしの知らないとこでもうあったりする? 2020年がちょうどラファたん没後500周年なのもあっていろいろ新しい論集とか出てて、正直ぜんぶ追いかけられてないんだよな…。

ただし、『調和と服毒』劇中のラファエッロ工房では「この絵画作品の優れているところは…」という議論が行われていたが、 バンディネッリのアカデミーはむしろ、ヌードデッサンをしたり人体の解剖学的な知識を勉強したりといった、実技に近い知識を養う場だった。『調和と服毒』風の美学的な議論をおこなう場は、どちらかというとプラトン・アカデミーに近いのかもしれない。プラトン・アカデミーは15世紀フィレンツェの哲学者マルシリオ・フィチーノが立ち上げた組織で、プラトンの『饗宴』の再現を目指してみんなで古代風のコスプレをしてさまざまな命題を議論していた場だ。アッでもコレも対話篇の再現じゃん。Ammo、プラトン・アカデミーなのでは?(極論)

いずれにせよ、16世紀イタリアは工房の営みとアカデミックな議論が限りなく近づいた時代であった。そんなときに、時代の最先端をゆくラファエッロの工房で、朝な夕な芸術論が交わされていたという話は、とっても「それらしく」思われた。

ルネサンスのライバルたち

ところで、劇中で姿は見えずとも圧倒的な脅威としてあらわれるミケランジェロとセバスティアーノ・デル・ピオンボのコンビは、実際にラファエッロにとって頭の痛いライバルだった。

ラファエッロはのちにアカデミック絵画のお手本として祀り上げられていく運命にあるが、なぜラファエッロがお手本になったのかという点について、以前古典絵画についてのシンポジウムに行ったときに「ラファエッロの絵画は素描も彩色も程よく真似しやすい」という事情があるのでは、という話が上がった。実際、伝記作家ヴァザーリも「神の領域にあるミケランジェロを真似しようとしてもどうせ追いつけないのでムダ。真似するならラファエッロのやり方にしなさいね」と書いている。したがって、ラファエッロの強みがその素描と彩色が優れて調和しているというバランス感覚にあることは同時代から知られていた。そんな彼にとって、素描めちゃうまのミケランジェロと彩色めちゃうまのセバスティアーノがタッグを組んだ絵画は、かなりの脅威としてうつったにちがいない。

絵画における闇夜の表現がローマでは新奇な着想であった点も16世紀当時の議論に基づいている。このあたりのラファエッロVSミケランジェロ+セバスティアーノの事情は、拙著『ルネサンスの世渡り術』第10章に詳しく書いたが、Ammo主宰の南慎介さんはこれを参考にしてくださったそうで、著者として感激である。自分が紹介した美術史面白話をもとに素晴らしい創作物が制作されるなんて、こんなうれしいことある? マジで美術史面白話をどんどん世に紹介していこうな…。

このあたりのことをより詳しく知りたい人は、拙著のほか、最近翻訳が出たローナ・ゴッフェン『ルネサンスのライヴァルたち』を参照するときっと楽しい。英語が読めるひとはロンドン・ナショナル・ギャラリーで開催された「ミケランジェロ&セバスティアーノ」展カタログも面白く読めると思う。カタログの表紙が《ヴィテルボのピエタ》だぞ! いずれも安い本ではないので、手を出しにくいな~という場合はお近くの図書館にリクエストを出してみよう。

また、『調和と服毒』冒頭でヴェネツィアのベッリーニ工房からやってきたロレンツォが、ラファエッロ工房の徒弟たちに作品を「ゴミ」と言われてしまうシーンもよい。この時代、都市による美術の好みのちがい・美術観のちがいはかなりハッキリしていて、ヴェネツィアで称賛されたものがローマではゴミとなるというのはとてもありそうな話だ。実際、17世紀のものではあるが、ある画家の作品について「ローマでは屑といわれるかもしれませんが、ヴェネツィアでは非常に高く評価されていますよ」と書かれた美術商の手紙も残っている。ライバルなのは人物同士だけでなく、都市間のライバル関係もあったのだ。

さらに、劇中でキージ邸の壁画問題に有用な策を出すのがマルカントニオ・ライモンディに設定されているのも面白い。ラファエッロの下絵に基づく版画を多数制作して名を馳せたこの人物は、デューラーの版画をパクった罪で著作権侵害を訴えられたエピソードももつ、やり手の版画家だ。トリックスター的な性格がよくあらわれる役どころになっていて非常によい…。ちなみに、ラファエッロ没後の1524年、彼の一番弟子だったジュリオ・ロマーノの原画に基づいて、古代ローマの神々がさまざまな体位で性行為におよぶ版画集『イ・モーディ』をライモンディが出版していることを知ると、よりニヤニヤできる(もちろん禁書になった)(初版はカトリック教会により撲滅されて残っていない)。

もう一つトリビアを書いておくと、キージ邸の装飾を制作していた頃のラファエッロは、女がいないと仕事も進まないと駄々をこね、キージもついに仕事場に愛人を連れ込むことを許したという話がある。例によってヴァザーリが語る逸話なのでどこまで本当なのかは分からないが、工房の女性画家がキージ邸に出入りしているのを見た人が「愛人を連れ込んでる!」と勘違いして噂になって…みたいなバックストーリーを勝手に想像してしまった。

蛇足:ちょっとだけツッコミ

完全に蛇足でしかないが、ちょっとだけ危なっかしいかな~と思ったところを挙げておこう。

まず、キリスト教の神と古代ギリシャ・ローマの神々が、どちらも同じ「神」と概念で把握されている気がする。ルネサンスは古代復興の時代だとはいえ、キリスト教社会なので、基本的に「神のごときミケランジェロ」とか言ってるときの神はキリスト教の神である。ルネサンス人の認識では、「古代の人々は誤った神を信奉していたがその哲学や美学には真なるものがあり、それは正しい神を信仰するキリスト教社会に生きる我々が受け継ぐことで、より真実に近づける」というように捉えられていた。

したがって、「オリオンをサソリの毒で殺せる=人間にも神殺しができる」という話はスリリングで面白いのだが、それをそのままキリスト教絵画に適用するとちょっと危うい感じがある。神話主題ならいいんだけどね。

また、絵画における美を議論しているところで、レオナルドの《最後の晩餐》が美の体現ではない論拠として「あれは卵で描いた絵だし、今はボロボロだ」との意見が出る場面がある。たしかに壁画に卵テンペラを使うのは掟破りなのだが、卵テンペラ自体は油彩画がメジャーになる前はもっともよく使用されるメディウムの一つだったので、卵だからと非難されるのはあまり現実的でない。

さらに、ミケランジェロやレオナルドを超える、というモチベーションは分かりやすいが、ミケランジェロはいいとしてレオナルドは16世紀ローマにあってそこまで存在感はなかったように思う。15世紀末、システィーナ礼拝堂装飾のためにフィレンツェの画家たちがローマに大量派遣されたときにもレオナルドは派遣隊から漏れているし、かの地で名前は知れわたっていてもラファエッロの脅威にはならなかっただろう。

まあでも、これらは些細なことだ。個人的には、16世紀イタリアで盛り上がっていた美術批評が、21世紀日本で説得力をもって物語となっているこの事実がたまらなくうれしい。この演劇を作り上げた皆さんに最大の賛辞を。

現在1件のコメントがあります。

  1. C’s naoki

    とても素敵な劇評をありがとうございます。
    とても関心深く読みました。
    是非作家の南さんと対談などしていただきたいです。

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    • こんにちは、俳優さんたちのツイッターでC’s naokiさんの素敵なお写真拝見しました。
      つたない感想ですが、お読みくださりありがとうございます。
      もし再演などなさる際にはぜひ呼んでいただきたいですね!

      いいね

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